日文小短文

日文小短文篇一:初级日语文章阅读

初级日语文章阅读 春子さんの家

初级日语文章阅读 春子さんの家

【単語】

側(がわ)(名词) 侧,一边,旁边

隅(すみ)(名词) 角,旯旮,角落

時たま(ときたま)(副词) 有时,偶尔

短大(たんだい)(名词) 短期大学

通う(かよう)(自五) 来往,通行

卒業(そつぎょう)(名词,自サ) 毕业

【閲読】

<部屋にテレビと電話があります>

春子(はるこ)さんの家は日本橋(にほんばし)にはありません。浅草(あさくさ)の近(ちか)くにあります。雷門(かみなりもん)はその家の西側(にしがわ)にあります。家族(かぞく)は三人です。両親(りょうしん)と彼女です。

彼女の部屋は一階にはありません。二階にあります。部屋にテレビと電話があります。ピアノは応接間(おうせつま)の隅(すみ)にあります。春子さんは時たまピアノを弾(ひ)きます。家に子犬(こいぬ)が一匹(いっぴき)います。猫(ねこ)はいません。

春子さんは毎日地下鉄(ちかてつ)で女子短大(じょしたんだい)に通(かよ)います。短大(たんだい)には留学生もいます。春子さんは時々彼女達と会話をします。卒業後(そつぎょうご)、彼女も外国(がいこく)へ留学します。

【译文参考】

《房间里有电视机和电话》

春子的家不在日本桥附近,在浅草附近。雷门在她家西面。一家三口,父母和春子。

她的房间不在一楼,在二楼。房间里有电视机和电话。钢琴在客厅的角落里,春子偶尔弹弹。家里有一只小狗,没有猫。

春子每天乘地铁去女子短期大学。短期大学里也有留学生。春子常常和他们交谈。毕业后,她也要到外国去留学。

【参考答案】

1)雷門は春子さんの家(いえ)の西側(にしがわ)にあります。

2)いいえ、卒業後、彼女は留学生になります。

习题

初级日语阅读练习题

問題1:次の(ア)から( )には何を入れますか。下の1.2.3.4から一番いい物を一つ選びなさい。

鈴木さんと本間さんはクラスメートです。今まで、教室で勉強していました。勉強が終わって今から一緒に寮に帰ります。

鈴木:(ア)しましたか。

本間:私の辞書がありません。知りませんか。

鈴木:さあ、私は知りませんが……。どこに置きましたか。

本間:机の上です。

鈴木:どんな辞書ですか。

本間:国語辞書です。ボールペンで名前が(イ)。

鈴木:(ウ)、辞書をそこに置きましたか。

本間:食事をして、その後です。

鈴木:三時間前ですね。

(ア)1、なん 2、どう 3、なに 4、どれ

(イ)1、書きました 2、書きましょう 3、書いています 4、書いてあります

(ウ)1、なに 2、いつ 3、だれ 4、どこ

問題2:次の文を読んで、質問に答えなさい。答えは1.2.3.4から一番いい物を一つ選びなさい。

(1)純子:明日また来ます。明日は家にいますか。

丸子:午前中授業に出ますが、午後からいます。

質問:純子さんはいつ丸子さんの家に行きますか。

1、午前行きます。2、午後中行きます。

3、あさって行きます。 4、あさ行きます。

(2)桜子:また勉強しますか。

典子:ええ、そろそろ中間テストありますから、もう少し勉強してから寝ます。

質問:典子さんは今からどうしますか。

1、寝ます。2、テストをします。

3、勉強します。 4、風呂に入ります

短篇日语文章阅读:日本神户游记

「単語」

押し寄せる(おしよせる) (动词) 涌来

かもめ (名词) 海鸥

ケーブル 「cable」(名词/外) 电缆

賑やかだ(にぎやかだ) (形容动词) 热闹

ていねいだ (形容动词) 小心翼翼,有礼貌

「閲読」

<六甲山(ろっこうさん)は高くないです>

六甲山(ろっこうさん)は高くないです。神戸(こうべ)の北側(きたがわ)にあります。都心(としん)の三宮(さんのみや)から遠くありません。休日(きゅうじつ)におおぜいの人々が山に押し寄せ(おしよせ)ます。

平日(へいじつ)は人影(ひとかげ)は少ない(すくない)です。

神戸の南側(みなみがわ)は海です。海は広いです。その上にかもめがたくさんいます。

昨日、わたしはケーブルで有紀(ゆうき)さんと六甲山の頂上(ちょうじょう)まで登りました。風が強かったです。しかし、頂上は寒くありませんでした。。でも、わたしはちょっと怖かったです。

三時ごろにわたしたちは山から降りました。すぐタクシーで堤防(ていぼう)まで行きました。あそこで魚を釣(つ)りました。その後、中華街(ちゅうかがい)へ行きました。中華街は元町(もとまち)にあります。

とても賑やか(にぎやか)です。わたしは中国物産店(ちゅうごく)(ぶっさん)(てん)で茶碗(ちゃわん)と絹(きぬ)の衣料(いりょう)を買いました。店の人はとても親切(しんせつ)でした。言葉使い(ことばつかい)もていねいでした。

昨日わたしたちはたいへん楽しかったです。神戸は本当(ほんとう)にきれいです。

■答案

日文小短文

译文参考:

<六甲山不高>

六甲山不高,位于神户北侧,离市中心三宫不远。假日里,很多人拥向山里。平时则游人稀少。

神户的南面是大海。大海广阔无垠,海面上有很多海鸥。

昨天,我和有纪乘坐索道缆车登上了六甲山山顶。风很大,但山顶上不冷。不过我有点害怕。

三点左右,我们从山上下来,马上乘出租车去了海堤,在那儿钓了鱼,然后去了中华街。中华街在元町,非常热闹。我在中国商品店里买了碗和丝绸料子。店家很亲切,用语也客气。 昨天我们很愉快。神户真美丽。

日文小短文篇二:日语小短文

月の女神と母親 あるとき、月の女神が母親にたのんで、からだにぴったりあう着ものをつくってほしいといいました。

すると母親はいいました。

「どうしてぴったりする着ものなんかつくれると思うの。おまえは、今はまん丸だと思っても、こんどは半分になるし、その次にはまた三日月になるもの」

このように、気まぐれな人には、その人にあうものがありません。どんなにすばらしいものをあたえても、すぐに気に入らなくなってしまうからです。

一天,月之女神拜托母亲,请求她给给自己做一件非常合适的衣服。 于是母亲对她说:“为什么想要一件非常合适的衣服呢?你虽然现在样子圆溜溜的,但是下次就变成半圆形了,再往后就成月牙形了。”

那些反复无常的人就和这个女神一样。

无论给她多么好的东西,用不了多久就会生厌了。

日文小短文篇三:中日对照日语短文

再来?杯

私がパーティーが好きなのは「これでおしまいよ、お代わりはだめですよ」と言われないことである。 わが家での晩酌では必ず、このせふりが出てくる。おちょうしは三本、ワインなら女房と二人でフルボトル?本、これがリミットである。

パーティではこのリミットがない。

コンパニオン嬢は、私の手にしているグラスがカラッポであるのを見ると、いくらでもお代わりを持ってきてくれるのだ。 こんな素晴らしいことがあろうか。

しかし、カッコつけて言うわけではないけれど、パーティーの楽しみの、もっと大きい物は、旧友、知友に会えることだ。

私のようなフリーランスの著述業者は、仲間と気軽に飲むことができない。サラリーマンのように組織の中でくらしていると、働く時もいっしょなら、休む時もいっしょだから、飲みに行くのも?緒にいける。 フリーランサーはそれができない。各人が個別のスケジュールで動いているから、こちらの仕事が?段落ついたからといって、仲間を誘うわけには行かない。 みんな、やたらに忙しいのである。

だから、パーティーは仲間と久しぶりに顔を合わせ、歓談するいい機会なのだ。 胃を切って入院していたとか聞いていた先輩が、意外に元気な顔色で、グラスを手に立っているのを見つけたりするとほっとする。 愛人に逃げられたと言う噂の男が会場の隅のほうでしょんぼりしているのを見て、肩をたたいて励ましてやることもある。

「向こうが勝手に逃げ出したのだから、手切れ金だって払わなくてすんだんだろ。女房に露見しないで?件落着したわけじゃないか。むしろラッキーだったと思うべきじゃないか。これからは奥さん?筋で、お励みなさいよ。な、元気を出して」変な励まして方ではあるが、もてない小生としては、内心言い気味だと思っているころがあるから、どうしてもこんなふうになってしまうのだ。ちょっとけちな話を書く。

パーティーで「ご招待」をされることがある。誰々さんが再起する、お祝いと激励の会、なんてのがあって、案内状が届く。 発起人の中には何人も親しい人がいて出席しないわけには行かない。それはいいのだが、会費が?万五千円のところが消してあって「ご招待」というはんこがおしてある。

これがまずいんだよな。「ご招待」だからといって手ぶらではいけない。「お祝い」の袋を持参しなければならないが、これには?万五千円なんて半端な金額は入れられない。二万円という数字も日本では縁起が悪くて祝いことには不適、ということになっている。

ウームとうなって、三万円を包みながら私は内心、「ご招待」は高くつくんだよなぁ、とつぶやくのである。

中译文:

我这个人特喜欢聚餐会。因为聚餐会上没有人对我说:“这可是最后?杯了,不能再喝了。” 在我家晚餐小酌时,每每听到这样的“台词”。我和我妻用酒壶酌的话,可喝三小壶:葡萄酒的话,两人喝?瓶。这是限度。

聚餐会上没有这些规矩。

当招待员小姐望见你手中的酒杯空空如也时,总要为你斟上新酒,从来不去干涉你已喝了几杯。不去聚餐会哪儿会有这种好事?

不过,我并不是在说些冠冕堂皇的话,酒宴的愉悦更值得?提的是:知己故友的喜相逢。 像我这样著书立说的自由撰稿人,不能轻而易举地与同仁们相聚开怀畅饮。

我们不像公司职员,生活在集体之中,工作时在?块儿,休息时也在?块儿,喝酒就能相约同去。

自由撰稿人却不能够。各人忙各人的事儿,都有自己的计划安排,虽说你自己的工作告?段落,却也不能邀同仁们相聚。

大家都在忙自己的事,忙得不可开交。

所以,聚餐会上是与同仁们久别重逢、畅谈而不苟言笑的好时机。

当你看到?位你早有耳闻因为胃切除住院的前辈,满面红光地手持?高脚酒杯站在那儿时,你会为之怃然。

有时,当你瞥见?位风闻被情人?走了之的某男沮丧地躲在会场上时,你会上前拍拍他的肩,说上几句宽心的话。

“是人家随随便便?走了知的,这样你也不必花那笔赡养费不就了了吗?事情有没有败落得叫你老婆知道,这就妥啦,难道你不该想想这是?大幸运吗?从今以后,你和你老婆两个人就?心?意地过日子,好好干!打起精神来!”虽说,宽慰的话有些个不三不四的,尽管不包养情妇的鄙人内心也未尝不想:活该!但无论如何也得这样做。

写了些鄙俗的事。

在聚餐会中不乏招待(请客)之举。某某人东山再起啦,开个祝贺会,激励会什么的;有个什么什么的啦,就送来个请帖。

发起人中有几位亲近知己,所以不好不去。 那倒也没有什么。只是招待券上在印有会费?万五千日元处用笔勾去代而言之以“招待券”的印戳。这可就难办啦。

因为是承蒙招待,所以不得空手前去。必须带上?个“祝贺”的信袋什么的,这里面不能装入?万五千这样半拉咯叽的钱数,两万元这个数字在日本不吉利不易送人表示祝贺。 我沉吟?下,包了三万日元装入信封内,可却在内心打起了小鼓:这招待会也未免太让人破费了。

日本の昔話---八人の真ん中

むかしむかし、彦?(ひこいち→詳細)と言う、とてもかしこい子どもがいました。

ある日、お城から彦?のところへ、こんな知らせが届きました。

《若さまの誕生祝いをするから、お城へ参れ、庄屋(しょうや→詳細)とほかに村の者を六人、あわせて八人。きっかり八人で来るように》

「お城から、およびがかかるとは、ありがたいこっちゃ」

庄屋さんは、誰とだれを連れていこうか、六人をえらびだすのに苦労(くろう)しています。

しかし彦?は、その手紙を見ながら考えました。

「この、八人きっかりと、念を押しているところがあやしいな。あの殿さまのことだ、また、なにかたくらんでいるにちがいないぞ」

さて、今日はお城にいく日です。

いわれた通り、彦?と庄屋さん、それに選ばれた六人の村人の、きっかり八人がそろいました。

庄屋さんと彦?以外の六人の村人たちは、生れてはじめてお城の中に入るので、少しきんちょうしています。

「おら、ごちそうの食べ方が、わからねえだ」

「おらもだ。どうするべ」

すると彦?が、

「なあに、庄屋さんのまねすりゃいいだよ」

その言葉に安心した六人は、

「それもそうだな。わはははははっ」

そうこう言っているあいだに、八人はお城に着きました。

大広間では、すでに若さまのお誕生日を祝う会が始まっています。 正面の高いところに、殿さま、奥さま、若さま、そしてまわりに大勢の家来達や、お付きの人達がいます。

「若さまのお誕生日、おめでとうございます」と、庄屋さんがあいさつをしました。

八人とも大広間のすみで、小さくなっていました。

「おう、参ったか、彦?め。うむ、きっかり八人できたな、わははは」 殿さまの笑い声からすると、やはり、なにかをたくらんでいる様子です。「こっちへ参れ。くるしゅうないぞ。若もその方が喜ぶ。さあ、遠慮するな」

舞 姫

森鴎外

石炭をば 早( は )や積み果てつ。中等室の 卓( つくゑ )のほとり

はいと静にて、 熾熱燈 ( しねつとう ) の光の晴れがましきも 徒 ( いたづら ) なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る 骨牌 ( カルタ ) 仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余 ?人 ( ひとり ) のみなれば。

五年前 ( いつとせまへ ) の事なりしが、 平生 ( ひごろ ) の望足りて、洋行の官命を 蒙 ( かうむ ) り、このセイゴンの港まで 来 ( こ ) し頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、?つとして 新 ( あらた ) ならぬはなく、筆に任せて書き 記 ( しる ) しつる紀行文日ごとに幾千言をかなしけむ、当時の新聞に載せられて、世の人にもてはやされしかど、 今日 ( けふ ) になりておもへば、 穉 ( をさな ) き思想、身の 程 ( ほど ) 知らぬ放言、さらぬも 尋常 ( よのつね ) の動植金石、さては風俗などをさへ珍しげにしるしゝを、心ある人はいかにか見けむ。こたびは途に上りしとき、 日記 ( にき ) ものせむとて買ひし 冊子 ( さつし ) もまだ白紙のまゝなるは、 独逸 ( ドイツ ) にて物学びせし 間 ( ま ) に、?種の「ニル、アドミラリイ」の気象をや養ひ得たりけむ、あらず、これには別に故あり。 げに 東 ( ひんがし ) に 還 ( かへ ) る今の我は、西に航せし昔の我ならず、学問こそ 猶 ( なほ ) 心に飽き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ変り易きをも悟り得たり。きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感触を、筆に写して 誰 ( たれ ) にか見せむ。これや日記の成らぬ縁故なる、あらず、これには別に故あり。

嗚呼 ( あゝ )、ブリンヂイシイの港を 出 ( い ) でゝより、早や 二十日( はつか ) あまりを経ぬ。世の常ならば 生面 ( せいめん ) の客にさへ 交 ( まじはり ) を結びて、旅の憂さを慰めあふが航海の 習 ( ならひ )なるに、 微恙 ( びやう ) にことよせて 房 ( へや ) の 裡 ( うち )にのみ 籠 ( こも ) りて、同行の人々にも物言ふことの少きは、人知らぬ恨に 頭 ( かしら ) のみ悩ましたればなり。 此 ( この ) 恨は初め?抹の雲の如く 我 ( わが ) 心を 掠 ( かす ) めて、 瑞西 ( スヰス ) の山色をも見せず、 伊太利 ( イタリア ) の古蹟にも心を留めさせず、中頃は世を 厭 ( いと ) ひ、身をはかなみて、 腸 ( はらわた ) 日ごとに九廻すともいふべき惨痛をわれに負はせ、今は心の奥に凝り固まりて、?点の 翳 ( かげ ) とのみなりたれど、 文 ( ふみ ) 読むごとに、物見るごとに、鏡に映る影、声に応ずる響の如く、限なき懐旧の情を喚び起して、 幾度 ( いくたび ) となく我心を苦む。嗚呼、いかにしてか此恨を 銷 ( せう ) せむ。 若 ( も ) し 外 ( ほか ) の恨なりせば、詩に詠じ歌によめる後は 心地 ( こゝち ) すが/\しくもなりなむ。これのみは余りに深く我心に 彫 ( ゑ ) りつけられたればさはあらじと思へど、今宵はあたりに人も無し、 房奴 ( ばうど ) の来て電気線の鍵を 捩 ( ひね ) るには猶程もあるべければ、いで、その概略を文に綴りて見む。

余は幼き 比 ( ころ ) より厳しき庭の 訓 ( をしへ ) を受けし 甲斐 ( かひ ) に、父をば早く 喪 ( うしな ) ひつれど、学問の 荒 ( すさ ) み衰ふることなく、旧藩の学館にありし日も、東京に出でゝ 予備黌 ( よびくわう ) に通ひしときも、大学法学部に入りし後も、太田 豊太郎 ( とよたらう ) といふ名はいつも?級の 首 ( はじめ ) にしるされたりしに、 ?人子 ( ひとりご ) の我を力になして世を渡る母の心は慰みけらし。十九

の歳には学士の称を受けて、大学の立ちてよりその頃までにまたなき名誉なりと人にも言はれ、 某 ( なにがし ) 省に出仕して、故郷なる母を都に呼び迎へ、楽しき年を送ること三とせばかり、官長の覚え 殊 ( こと ) なりしかば、洋行して?課の事務を取り調べよとの命を受け、我名を成さむも、我家を興さむも、今ぞとおもふ心の勇み立ちて、五十を 踰 ( こ ) えし母に別るゝをもさまで悲しとは思はず、 遙々 ( はる/″\ ) と家を離れてベルリンの都に来ぬ。

余は 模糊 ( もこ ) たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて、 忽 ( たちま ) ちこの 欧羅巴 ( ヨオロツパ ) の新大都の中央に立てり。 何等 ( なんら ) の光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色沢ぞ、我心を迷はさむとするは。菩提樹下と訳するときは、幽静なる 境 ( さかひ ) なるべく思はるれど、この大道 髪 ( かみ ) の如きウンテル、デン、リンデンに来て両辺なる石だゝみの人道を行く 隊々 ( くみ/″\ ) の士女を見よ。胸張り肩 聳 ( そび ) えたる士官の、まだ 維廉 ( ヰルヘルム ) ?世の街に臨める ( まど ) に 倚 ( よ ) り玉ふ頃なりければ、様々の色に飾り成したる礼装をなしたる、 妍 ( かほよ ) き 少女 ( をとめ ) の 巴里 ( パリー ) まねびの 粧 ( よそほひ ) したる、彼も此も目を驚かさぬはなきに、車道の 土瀝青 ( チヤン ) の上を音もせで走るいろ/\の馬車、雲に聳ゆる楼閣の少しとぎれたる 処 ( ところ ) には、晴れたる空に夕立の音を聞かせて 漲 ( みなぎ ) り落つる 噴井 ( ふきゐ ) の水、遠く望めばブランデンブルク門を隔てゝ緑樹枝をさし 交 ( か ) はしたる中より、半天に浮び出でたる凱旋塔の神女の像、この 許多 ( あまた ) の景物 目睫 ( もくせふ ) の間に 聚 ( あつ ) まりたれば、始めてこゝに 来 ( こ ) しものゝ応接に 遑 ( いとま ) なきも 宜 ( うべ ) なり。されど我胸には 縦 ( たと ) ひいかなる境に遊びても、あだなる美観に心をば動さじの誓ありて、つねに我を襲ふ外物を 遮 ( さへぎ ) り留めたりき。

余が 鈴索 ( すゞなは ) を引き鳴らして 謁 ( えつ ) を通じ、おほやけの紹介状を出だして東来の意を告げし 普魯西 ( プロシヤ ) の官員は、皆快く余を迎へ、公使館よりの手つゞきだに事なく済みたらましかば、何事にもあれ、教へもし伝へもせむと約しき。喜ばしきは、わが 故里 ( ふるさと ) にて、独逸、 仏蘭西 ( フランス ) の語を学びしことなり。彼等は始めて余を見しとき、いづくにていつの間にかくは学び得つると問はぬことなかりき。

さて官事の 暇 ( いとま ) あるごとに、かねておほやけの許をば得たりければ、ところの大学に入りて政治学を修めむと、名を 簿冊 ( ぼさつ ) に記させつ。

ひと月ふた月と過す程に、おほやけの打合せも済みて、取調も次第に 捗 ( はかど ) り行けば、急ぐことをば報告書に作りて送り、さらぬをば写し留めて、つひには 幾巻 ( いくまき ) をかなしけむ。大学のかたにては、穉き心に思ひ計りしが如く、政治家になるべき特科のあるべうもあらず、此か彼かと心迷ひながらも、二三の法家の 講筵 ( かうえん ) に 列 ( つらな ) ることにおもひ定めて、謝金を収め、往きて聴きつ。

かくて 三年 ( みとせ ) ばかりは夢の如くにたちしが、時来れば包